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ペリーヌのその後!彼女はパンダボワヌ工場の後付きになったの?

両親を旅の途中で相次いで亡くしたペリーヌが、1人ぽっちになっても挫けずに父の故郷・マロクールに着いても、祖父のビルフランには孫だと名乗らず、オーレリィの偽名で通してきた間は何とも彼女には幸せが見えないのか?とさえ思いました。

ですが初雪の日にフィリップ弁護士の発言により、オーレリィはペリーヌの実名として、ついにビルフランの孫だと証明されたときは本当に感激しました。

13歳のペリーヌにようやく本当の幸せが来て、一気に彼女はお金持ちのお嬢様になりました。でもペリーヌは自分の境遇が変わっても以前とは全然変わることなくビルフランと一緒におじいさんと孫として幸福の絶頂へと輝いて、この物語は終わっています。

さて、ビルフランの経営するパンダボワヌ工場をペリーヌは跡継ぎになったのでしょうか?やはり息子エドモンはすでに他界してますし、一粒種のペリーヌが跡継ぎになるのは当たり前かもしれませんが…!!

でもペリーヌがまだオーレリィと偽名を名乗っていた時は、工場長のタルエルや甥のテオドールが跡継ぎを狙っていましたが、ペリーヌがビルフランの実の孫だと分かると、一気に跡継ぎの狙いを諦めて身を引いていました。

それだけにペリーヌには莫大な運命を背負うことが待ち受けていたんですね。勿論彼女はパンダボワヌ工場の後継ぎとなり、経営は以前よりももっとうまくなっていきました。

肝心のペリーヌの結婚相手は誰?って疑問に思われる方も多くありませんか?彼女は誰と結婚したのでしょうか?詳細はハッキリしませんが、ペリーヌが実はオーレリィと偽名を使っていることを最初に知っていたファブリではないか?との情報があります。

ファブリは何かとペリーヌの相談相手になったり、励ましたりして彼女のとても心強い存在だということはアニメの中でよく分かりました。ですが物語終了後のペリーヌや周囲の人達のその後の運命は分かりません。

只分かっているのはペリーヌは確かにパンダボワヌ工場の後継ぎになれたことしか分かってません。ではパンダボワヌ工場の運命がどのようになっていったのか?をお話していきましょう。

1900年前半、パンダボワヌ工場の評価がパリで高評価を得て、一気に仕事量が倍増し、その影響でマロクールの人口は昔より倍に増えました。やはり工場の仕事を求めて田舎であるマロクールに人がどっと押し寄せた説も考えられます。

当然ペリーヌもこの時代には大人の女性になっていますから、もしファブリと結婚し、子供がいたとすれば、夫婦で工場の経営を切り盛りしていた、とも考えられます。

ですから祖父のビルフランが社長をやっていたころよりも、パンダボワヌ工場は規模がもっと大きくなり、ペリーヌは事業に大成功をおさめたとも言えます。

1914年に第一次世界大戦が発生し、パンダボワヌ工場は危険にさらされたのでは?と思います。ですが織物工業の業界では、織物は戦争の特需品とされ、パンダボワヌ工場は戦争のお蔭で大儲けできたとのことです。

いわばこの時代がペリーヌ社長の一番の絶頂期だったのです。ですが第一次世界大戦が終わるとパンダボワヌ工場の生産量は一気に減っていき、潰れることはなくても事業の縮小は大なり小なりあった模様です。

そして第二次世界大戦が発生。パンダボワヌ工場の作業の需要はどんどん減るばかりで、高齢になったペリーヌも社長の座を降りてしまいました。その後とうとうパンダボワヌ工場はペリーヌの時代で幕と閉じた、ということです。

やはり一度は幸せに輝いたペリーヌでしたが、戦争によってまた苦労を強いられいたことになります。

祖父のビルフランは本当に冷たい人?でも隠された優しい面が見える

ペリーヌの母・マリは遺言として「人に愛されるにはまず自分が人を愛しなさい。」と娘に託し、パリで亡くなります。この母の遺言は何ともペリーヌに取って素晴らしいものでした。

自分の両親が祖父の反対を押し切って結婚していたこと、そして祖父は孫を歓迎してくれないことなど、ペリーヌはショックでした。でも残されたたった1人の身内の祖父にはどうしても愛されたい…ペリーヌはそう胸に秘めてついに長旅を終えて父の故郷マロクール村へ着きます。

ですがお屋敷の門前でペリーヌは馬車で出かける祖父の顔を初めてみます。何とも冷たい横顔で、ペリーヌは孫だと名乗る勇気をなくし、偽名オーレリィとして祖父の経営する工場で働きながら様子を見ることにしました。

本当に祖父のビルフランは冷たい人なのか?でもアニメの中では冷たいイメージながらも優しい面が少なからず見えています。

まず、ペリーヌの父・エドモンの乳母をやっていたフランソワーズと孫のロザリーにはビルフランは優しい態度で接しています。ロザリーの話では、自分が生まれた時に名前を付けてくれたのがビルフランだとペリーヌに話しています。それに「私には優しくしてくれるの!私がフランソワーズおばあちゃんの孫だからよ!」

それにロザリーが工場でけがをした時もビルフランは「早く病院へ行って手当てをしなさい。」と暖かい声をかけています。根っからの冷徹人間でもないことが分かります。

ですが息子・エドモンがビルフランの思い通りの結婚をしなかったため、ペリーヌの母・マリに対しては会ってもいないのに「息子をたぶらかした悪い女」と激しい憎しみを抱いており、そのことを聞いたペリーヌは激しいショックを受けてしまいます。

でもペリーヌはオーレリィとして、ビルフランの忠実な秘書として仕事をこなしていきます。またビルフランも孫だと知らないまま、オーレリィとして確実に彼女に信頼を深くしていきます。徐々に優しい人へと変化をしていきます。

それはペリーヌが母の遺言を忘れずに「私はおじいさまから愛されたい、一番欲しいのはおじいさまの心からの愛情」と自分に言い聞かせ、孫だと名乗れない辛さがあっても、愛情もってビルフランと接していったからです。

オーレリィはビルフランに心からの愛情を注ぎ、またこの老紳士も愛することをどんどん知っていくようになります。

仕事に関しては厳しいビルフランですが、ペリーヌの意見によりどんどん工場経営や村の人達の暮らしぶりに次第に興味を持ち始め、どうしたら今よりもっと経営がうまくいくのか、そして村人達の暮らしを豊かにさせることなど考えるようになりました。

よく考えてみますとビルフランは大金持ちであっても、実は孤独な老紳士の1人にしか過ぎないのです。妻や息子には先立たれ、甥のテオドールや工場長のタルエルはどうも信用できないなど、いささか人を信じることに関しては慎重になっている模様です。

自分の思い通りにならないものは「裏切者!」と罵声を浴びせる怖いところもありますが、寂しくて孤独だからこそ人間は偏屈になることがあるのです…! つまり人生の先行きに強い不安を感じると優しさを忘れてしまいがちになります。

人間はお互いに愛されていることが確信されるともの凄く信頼出来る関係へと発展します。

ですからペリーヌの出現により、ビルフランは今までは冷たかった面があったにせよ、彼女の愛情のお蔭で変わることが出来たのです。人間はまず愛することを覚えなくてはなりません。まさしくペリーヌの母・マリの遺言は世界名作劇場での名セリフと言えます。

学校に通っていないペリーヌ!その割に頭がいいのは何故なのか?

アニメの中でもペリーヌは学校に最初から通ったことがないことについて触れられています。母・マリとの旅の途中で「私、お医者様になりたいわ。」と話します。マリは「お医者様になるには学校に行かないとね…!」でもペリーヌは前向きに「おじいさまのところについたら、学校に行かせてもらえるわね。だっておじいさまはお金持ちなんだから。」と。まだ見ぬ祖父の顔が想像できないまま、ペリーヌは祖父が優しい人だと信じ切っているのが分かります。

ですが学校に通っていないペリーヌではありますが、彼女は結構頭がいいんですよね。きっとインドで暮らしていた時に両親から色々教えてもらっていたのでしょう。

特にマロクール村での工場でのイギリス人の技師たちには、ペラペラと英語を話して、周囲を驚かせます。ペリーヌ曰く「母がイギリス人だったので自然に覚えてしまったのです。」なるほど、そういえば母・マリはイギリス人とインド人のハーフですから、幼いころからペリーヌは母の話す英語を聞いて、勉強しなくても覚えてしまったことがハッキリと分かります。

言葉というものは本当に自然に覚えて行くのがよくわかります。例えば赤ちゃんは出生時はすぐにはしゃべれません。泣きながらメッセージを送ります。でも母親が「あ~、よしよし眠いのね」もしくは「お腹すいたのね。」と抱き上げると不思議に泣き止みます。

あれって人間の本能だと思いませんか?だって言葉が理解できないはずの赤ちゃんは、さっきまで泣いててもちゃんと泣き止むんです。実に不思議ですよね。

そして1歳、2歳と一人歩き出来るようになり、3歳になるころには殆どの子供が日常的会話が出来るようになります。結局身近な両親の話す言葉を自然に覚えてしまった!これは誰も教育することなく、子供自身が自分の耳で聞いて自然に覚えたことなのです。ですからペリーヌだって同じことです。母親が常に英語を話していれば、特に教えなくてもどんどん覚えて行ってしまうのです。

それだけ子供の脳は軟らかく、覚えたことはすぐに何でも吸収してしまう力があります。

それにペリーヌは池のほとりの小さな小屋で、1人暮らしをするなどしていましたが、13歳の少女の割にはしっかりとした生活設計をたてていました。トロッコ押しの少ない給料でいかに上手にやりくりするか?手作り出来るものは何でも作り、お金を使わずに食べられるものは何でも工夫して料理して食べるなど、本当にペリーヌはやりくり上手な少女です。

インドで暮らしていた時に両親からしっかり色々教育されていたのでしょう。でなければあんなに自分で自分のことなど出来るはずがありません。

ペリーヌは父がフランス人、母がイギリス人のハーフの娘です。ですからフランス語と英語が堪能であってもおかしくありません。2か国語が話せるなんて素晴らしい能力を持っていますね!

まだ孫だともしらずにいたビルフランが「利口な娘」と誉めるのも無理はありません。現代式で言えば、ペリーヌは語学に関してはかなりスキルの高い少女だったと言えます。学校に通っていなくても頭がいい少女だとつくづく納得出来ます!

ペリーヌ物語!インドに住んでいた時から家族全員貧しかったのか?

ペリーヌは13歳の女の子で、両親と3人でインドで暮らしていました。でも本来はフランスの父方の祖父のところへ旅に出る物語ですが、どうしてペリーヌ親子3人はフランスへ行くことになったのでしょうか?

ペリーヌの父・エドモンはフランスのマロクール村の生まれであり、大金持ちビルフランンの息子でした。ビルフランは早くに妻を亡くし、乳母を雇ってエドモンを育ててきた大きな織物工場を経営する人です。

ビルフランは何とかエドモンに織物工場の後継者になってほしいと願い続け、結婚相手も決めていたのですが当時から親子仲は決して良くなく、言い争ってばかりいました。ある時、ビルフランは仕事の命令でエドモンをインドに行かせます。エドモンはインドでインド人とイギリス人のハーフの女性と知り合います。この女性がペリーヌの母・マリなのです。

すぐに愛し合った2人は結婚し、一人娘のペリーヌを授かります。この結婚に猛反対のビルフランは何度もエドモンにフランスに戻る様に手紙で説得しましたが、応じないためとうとう親子の縁を切ってしまいました。

エドモンはフランスの織物工場の後継者のことなど必要ないと覚悟を決め、インドでマリと娘のペリーヌと親子3人で暮らしていくことにしました。もう親子の縁も切ったので、マリとペリーヌとインドで骨をうずめようとも考えていました。

でも最初は順調にいってたエドモンの仕事(詳細は不明)がどんどんうまくいかなくなり、生活のやりくりがうまくいかなくなったので、ペリーヌが13歳になった時、エドモンは3人で自分の故郷フランスのマロクールへ帰ろうと提案します。

元々大金持ちの生まれのエドモンがインドからフランスのビルフランのところへ帰ろうと決心したのは、もう相当貧しくなっていたに違いありません。

エドモンがインドでマリと結婚したのは、やはりビルフランに決められた女性と結婚させられるのが嫌で急いで式をあげたとも考えられますね。親の決めた結婚とは大昔ではよくあった話です。

当時としては親は子供には自分の家がらに相応しい相手と結婚して、子供を産ませるといった習慣というか、習わしがあったに違いありません。親の決めた結婚など大昔は当たり前だったと言えます。

でもペリーヌの母・マリはエドモンがフランスへ帰る決意を聞いても、決して反対などせず、夫のいうことに従って一緒に行くことにします。しかし旅をするには沢山のお金がかかります。汽車賃、船賃が出せないペリーヌ親子はとある町でロバと家馬車、写真機を手に入れてフランスまでの遠い距離を旅することになったのです。

そうなるとエドモンは家出覚悟でインドにやってきて、マリと出会ったことでお互いにひかれあって結婚したんですね。ですからエドモン自身、父のビルフランの思い通りにはなりたくないといった思いから何もかも捨てるつもりでいたのですね。

ですから結果的にインドで暮らしていたペリーヌ親子は最初から貧しい生活をしていた、ということになります。

それで親子3人もうインドでは暮らしていけないので、エドモンが親子の縁を切った父・ビルフランともう一度やり直すつもりでフランスに戻ることにしたのかもしれません。ビルフランにすぐには許されないことを覚悟の上で。

ペリーヌはフランスのおじいさまのところに行ける喜びで一杯でしたが、両親はこの時娘には自分たちが祖父の反対で結婚して今までインドで暮らしてきたことは一切明かしてはいませんでした。
さそかし辛かったことでしょう…!!